嵐を応援中!!そして、今年からは控え目に仁を応援w
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いろんなことがあった一か月
 
2011.3.11

被災された方々、心からお見舞い申し上げます。
少なからず自分にも
影響はあったけれど、毎日報道される状況に愕然とするばかりです。
自分にできることは何か、何が正しいのか、見極めていかないといけないと
強く思います。


私の一か月といえば、実は一カ月の間マイコプラズマ肺炎を患っていた。
この病気の名前すら知らなかった私は、
「なんだか咳が尋常じゃないなぁ。熱はないし、風邪じゃないのかな。」
と感じつつ、病院にはいかなかった。

そしたら、会社で咳が止まらなくなり、声もかすり始めて
(これはなんかヤバイ・・・)と感じ通院の時に聞いてみた。
レントゲンを撮ってみたら、肺が真っ白!!
その時に初めてマイコプラズマ肺炎を知った。
ただ、飛沫感染するので会社ではマスク常用。
仕事中に電話もできなくなり(途中で咳がとまらなくなるから)、
多少の支障はあったけれど、なんとか完治。
発症する原因は、感染が主らしいんだけど、免疫が落ちているときに
感染するみたい。
2月はとにかく忙しかったから、もしかして疲れていたのかもと思った。
仕事の内容を変えてもらうことが必要かもと思い始めた。

私の場合、健康な人とは違い、ちょっとした感染は命取りなんだよね。
今回のマイコプラズマも咳がすごく辛い。
かかったことがある人はわかると思うけど、咳がずっと続いて体力を奪われる。
咳が止まった後は、全速力で走ったあとのようになる。
それが一番つらかった。肋骨も痛いし、あんな思いはもうしたくない。

そして3月9日。
娘の中学の卒業式。無事に終わりました。
小6の時、仲間はずれという辛いことがあったけれど、
「中学に入ったら、自分を変えたい」と頑張った3年間。
中学では友達もできて、笑顔のアルバムを見たとき、すごく嬉しかった。
勉強は苦手。努力していないわけじゃないけれど、自分に合った勉強方法がわからず
道に迷い、私に叱咤され、泣きながら問題を解いた試験前日。
人間関係がうまくできず、サボっていることが発覚した中2の6月。
部活の時間のはずなのに家にいて、早く帰宅した私にバレた。
そんなことがあったけれど、3年間続けたことは自信もっていいと思うよ。
3年の時に市大会で女子3位になれたことも大きなことだったよね。

あまえたがりで、他力本願が座右の銘みたいな娘だけれど(笑)
母は成長してしまうのは、かなり寂しいかな。
いつまでも甘えてほしいと、つい思っちゃう。

素敵な高校生活を送ってほしい。ずっとバックアップするからね。

あと、母子家庭手当が打ち切られた。
所得制限に引っ掛かってしまったのだけれど、それは仕方ないと思ってる。
ただ、それに伴い、医療費も実費なってしまった・・・。
もちろん、医療費が払えないこともない。普通の病気ならね。
私の場合、毎月抗がん剤を服用していて、今までは負担なしでもらえていた。
私の抗がん剤。4週間分保険なしだと10万円。3割り負担で3万なのだ。
正直、毎月3万の薬代は厳しい。
市の窓口に問い合わせてみた。私の状況を説明して、母子手当は了解するけれど
できれば医療費だけは免除してもらえないだろうかと。
答えはNO。
決まっているからと。例外は認められないと。
私は、もうそれ以上、何も言えなかった。
もっと節約すればなんとかなるとも思ったし、私次第なんだと。

でもねー。ほんと抗がん剤って高すぎ。
これだけたくさんの人がこの病気にくるしんでいるのに
補助がないのはおかしいと思う。と思っているのは私だけだろうか。



いま、ひかりTVのVMCチャンネルで過去の名曲がずっと流れている。
80~90年代って、ほんとにいい曲ばかりだなぁ。
昔はパソコンもケーブルテレビもないから、PVをこんな作っていたなんて
全然知らなかった。
自分が18くらいにフィードバックするね。心地よいです。

今日、yahooに乗っていた記事。涙がでました。
ハンカチもって、続きをどうぞ。


夫の最後の贈り物、指輪に誓う「娘と強く」



夫の荷物の中に指輪があった。ホワイトデーのプレゼントに、こっそり買ってくれていたらしい。

 その夫は今、遺体安置所で眠っている。
東日本巨大地震で壊滅的被害を受けた宮城県気仙沼市。
同市本吉町寺谷、主婦大原枝里子さん(33)は、夫の顔についた泥をぬぐい、優しくキスをした。

 11日午後。自宅で揺れに襲われ、津波から逃れるため、避難所を目指して車を出そうとした。
その直前、運送会社で運転手をしている夫、良成(よしなり)さん(33)から携帯に電話が入った。
「大丈夫か」「もうつながらないかもしれない」。泣き叫ぶ子供2人を両腕に抱え、思うように話せない。
間もなく通話が切れた。これが最後の会話になった。

 海に向かう形になるが、頑丈な小学校の校舎を目指した。20分もたったろうか。
逃げる車で渋滞し、少しも進まない。
「もうぶつかっても仕方ない」。意を決して対向車線にバックで車を出し、アクセルを思い切り踏んだ。
眼前に津波が迫り、2台前の車が濁流にのまれた。
助手席と後部座席には長女、里桜(りお)ちゃん(2)と次女、里愛(りあ)ちゃん(5か月)。
2人を守ろうと必死で約50メートル後進し、何とか助かった。

 海から離れた避難所に行くことにし、その日は
車中でガソリン節約のため暖房なしで夜を明かした
。翌日から避難所で苦しい生活が待っていた。
子供の服におしっこやよだれが付いても、乾くのを待つしかない。
地震で哺乳瓶は全て割れ、避難所にあった哺乳瓶を他の家庭と共有した。
ストレスで母乳が出ない。スポーツ飲料をお湯で薄めて与えても、
里愛ちゃんはなかなか受け付けず、脱水症状になりかけた。お尻ふきがなくなり、
里愛ちゃんのお尻はかぶれて血が出始めた。

 夫の悲報を受けたのは17日。
気仙沼周辺で配送作業中に津波にのまれたらしいと、夫の上司から知らされた。
18日、子供が眠ったのを見計らい、遺体安置所に向かった。
目の前のひつぎの中で眠っているのは、間違いなく良成さんだった。
涙があふれ出た。キスをしながら、「愛してるよ」とつぶやいた。
遺体に何か着せてやろうと、倒壊を免れた自宅に戻り、
会社から引き取った夫の荷物にふと目がいった。
指輪が入っていた。
以前、「たまには指輪とか欲しいけど、パパはプレゼントくれる人じゃないもんね」と、
意地悪を言ったのを思い出した。

 避難生活が長期化し、子育てはますます大変になっている。
この状態がいつまで続くか分からない。
でも、指輪を残してくれた夫に約束した。「この子たちは私が責任を持って育てるから」(佐脇俊之)
- | comments(2)
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Comment
ゆしあ’Sお嬢卒業おめでと〜〜〜!そして、りっぱに子育てしてるゆしあにもおめでと〜!マイコプラズマ辛かったね・・・もう大丈夫なのかな?医療費の事も、手当てのこともいろんなフィルターを通して考えて欲しいよね。
↑の記事も今朝新聞で読んで、本当自然が一瞬で色んな人達の未来を180度変えて。

どんな時でも母は強い!!!

From.Char 2011/03/20 2:08 PM


地震の時はほんとにありがとう!
誰かが自分のことを心配してくれていることに涙がでたよ。心から嬉しかった。
本当に・・母は強い(笑)
きっと、守るべきものがあるから強くなるんだろうね。その積み重ねでオバサンは強くて図太くなっていくんだと思う。

たくさんの人の人生が変わってしまったけれど、学んで適応していくのが人間だよね。
きっと復興できるはず!


From.ゆしあ⇒charさんへ 2011/03/20 2:25 PM














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